ビジュアル系

    1: 名無しさん 2019/12/10(火) 01:06:15.58 ID:H0wcmzOu9
    SUGIZOの「ビジュアル系は差別用語」発言をめぐって

    Yahoo!ニュース特集に掲載されたアーティストSUGIZOのインタビュー記事は、大変に読み応えのあるものだった。
    【「一度全てを失って、半分はもう死んだ身」――成功と挫折を経たSUGIZOが今、ボランティアに励む理由12/6(金) 8:00 配信】
    https://news.yahoo.co.jp/feature/1514
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    ウェブメディアの可能性を感じるものであるし、音楽ファン以外にも届く人間ドラマだった。

    LUNA SEA、X JAPAN、さらにはJUNO REACTORなどのギタリストとして活躍し、ソロ活動にも没頭している日本が世界に誇るアーティストである。彼は災害時にボランティアに没頭したり、中東でチャリティー演奏をしたりする社会活動家でもある。山本太郎を応援しており、よく選挙イベントでは応援演説などに登壇する。

    そんな彼の生き様を赤裸々に伝えるインタビューだった。あっぱれである。これが無料で読めるなんて。ウェブメディアの「功」の部分を感じた。

    もっとも、非常に複雑な心境で受け止めたのは、次の発言である。そうか、彼にとって「ビジュアル系(ヴィジュアル系ではないのは、どういう意図なんだろう)」は、それほど吐き気を催すワードだったのか、と。

    “「ビジュアル系は、僕にとって差別用語。いまだにそう揶揄されると吐き気がする。デヴィッド・ボウイやJAPANといったアーティストに影響を受けたから、ステージで着飾ってメイクをするのは当たり前だと思っていた。でも、ボウイはメイクをしていたけど、ビジュアル系なんて言われなかった。僕らの音楽のクオリティーが、思い描いたビジョンに届かなかった」”

    もちろん、この言葉は文脈を読まなければならない。この発言の最後にもあるとおり、初期作品のクオリティが理想とはいえないものだったということも含めて解釈すべきだ。

    ただ、「差別用語」という言葉が出たが、具体的には書かないものの所謂「差別用語」として取り上げられる言葉とビジュアル系が同等かどうかは疑問だ。もっとも、この「それくらいのことを差別と言えるのか?」という問題は当事者とそれ以外で感じ方が違い。当事者にとっては一大事である。それを差別だと感じない私たちも悪い。

    「○○系」「○○派」というのは自称と他称があり。他称の場合はレッテル貼りやスティグマ化にもつながるわけで、心地よいものではない。同意というか、同情する。

     <中略>

    別の論点として、その言葉を褒め言葉と捉えるか否か、さらには(褒め言葉ではないにしろ)誇りを持つかどうかというものもある。たとえば、X JAPANで一緒のYOSHIKIは海外からのインタビューでも「bヴィジュア系」とローマ字で語っている。むしろ、ビジュアル系という言葉に誇りを持つという方向もあったのではと思ったのだ、私は。ビジュアル系が一大ムーブメントになった今、そしてSUGIZOさんが唯一無二の存在である今、この言葉に寛容であるというあり方もあってよかったのではなかったか。

    ただ、これは本人が決めることだ。SUGIZOさんは「ビジュアル系」という言葉が嫌いであり、差別用語だとすら思っている、と。

    https://blogos.com/article/422380/

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